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出版社/著者からの内容紹介
初夜に傷つき、性への嫌悪をつのらせる妻と癒すすべをしらない夫との不幸な結婚の顛末記、文通という密室的雰囲気のなかで大胆きわまりない裸姿をさらけだす同性愛女性の「お姉さま」宛ての手紙、戦場での日本軍人の性的暴行の実態を冷静につづった記録、男同士の愛を交わすために山あいの温泉へひそかに通う初老の紳士の悦楽的手記、商女によって初交を体験する男の場合など、性の実態レポート8編。
抄録(「電子書店パピレス」より)
月 日
彼は昨夜も来た。小ざっぱりとした浴衣一枚に洗濯したての越中をしていた。洗濯は毎日自分でするとのことだった。按摩というと何かうすぎたない感じの人間が多いが彼は綺麗好きで何時も身なりをきちんとしているのが感じよかった。
私も越中をしている。普段はさる又だが、この温泉へ来るときは彼との逢瀬のときに便利のため越中を用意してくるのである。昨夜は一緒に入浴して湯の中でさわり合ったり抱き合ったりして数刻を過したので、部屋へ帰ったときはもう既にたまらない気持になっていた。
「今晩はもんでもらはなくともいゝよ」とすぐに部屋の鍵をかけて寝た。勿論ビニールの布を敷くのを忘れなかった。浴槽の中で二人きりの数刻を思ひきりたのしんだので、寝て抱きつくともう二人の麻羅は射精せんばかりに一触即発の状態になっていた。……五分と経たないうちにビニールの布は洪水となり、二人の股間はぐしょ濡れだった。
タオルで仕末してそのまゝ抱き合って眠り、今朝早く眼をさましたときは二つの麻羅はもう勢いよくぶつかり合っていた。そして一昨夜から三度目の相互射精を行って彼は朝食前に帰って行った。帰るとき少し余分の金を渡そうとしても彼はどうしても受取らなかった。無理に渡しても畳の上へ置いて帰ってしまった。
……二ケ月の間鬱積していたもやもやがすっかり晴れて、秋晴のような爽かな気持で私はこの山の温泉を発つことにした。午後上野駅へ着けば、私はいっぱしの紳士づらをして何くはぬ顔で家へ帰るのである。土産のようかんを持って。◎先生はこの私を馬鹿な人間と大いに軽蔑なさるでしょう。軽蔑されても仕方がありません。私は実際にこのような馬鹿者なのですから。それがたのしいのですから自分ながら呆れます。
【分析講評】「同性愛のなぞがとければ、異性愛のなぞなど手易い」と精神分析学では考えている。男が女を愛せず男を性愛の対象とし、同様に、女が女だけを愛するのはたしかに天地陰陽の「摂理」に反する。が、人間には成人に発達して行く過程で、まず同性に興味をもち、慕い、或いは同性を性戯の対象にする時期(段階)がある。成人してもなおその段階を卒業しきれず、異性をシンから愛せぬ場合は、それを同性愛と名づけている。
フロイドは、一九一〇年、「レオナルドの幼時記憶」を公けにし、この大天才ダ・ヴィンチが幼いときから一生涯、同性愛者であった心の秘密をえぐっている。
その先覚者を学んだ私も、数年前、大いにこの課題を攻究しつづけたものである。“満天下”の同性愛者は私のもとに集って来た。そして三千余の同性愛者の手記はいまだに未整理のまゝだが、それら多勢の同性愛者は、私を一番の理解者だとたゝえている。
又、アメリカに於る同性愛専門雑誌ONEでも、同国のキンゼイ博士とならべて、私を日本の同性愛理解者代表にあげたりしていた。
しかし、私は、実のところ、同性愛者、特に二十五歳以上の人は精神分析でもほとんど癒せないことを痛感した。私が軽癒させ、結婚生活へゴールインさせたのは五六名に過ぎない。
第一、彼らは悩みながらも、三島由紀夫氏の云う「秘楽」に溺れきって居て、癒ることに抵抗している人が多く、無意識的に癒るまいと頑張っているから、ダメなのである。
しかも、手紙に、来訪に、全国から私のところへ殺到してくる。私は手を焼いて、新聞雑誌や出版社からどんなに頼まれても、「同性愛のことは書かない」と謝絶するようにさえなってしまった。
それでさえ、私のもとへはいまだに同性愛者が、ひっきりなしに訴えてくる。
(「湯宿に痴戯る記」より)
はじめに
初夜外傷
進水式−私の初交体験記−
女人三態のスケッチ
指圧院へ来る女性たち
戦場の性魔
内蒙古陣中生活三カ年の回想
湯宿に痴戯る記
女子同性愛的書翰集
解説 来栖幸子
高橋鐵没後二十五年目に思う 野坂昭如