性愛論

著者:橋爪 大三郎
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写真5:性愛論
価格:¥ 2,415
出版社:岩波書店
発行年: (1995-02)
サイズ:単行本
ISBN:400002986X

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■ 内容紹介

出版社/著者からの内容紹介
ひとはなぜ愛するのか――猥褻現象から恋愛幻想まで,混沌とした性文化の解読に挑戦.性別や家族など,性愛を軸として営まれる社会空間のダイナミズムに迫り,性行動を決定している規範の歴史的起源を明らかにしようとする.


内容(「BOOK」データベースより)
誰しも避けて通れない永遠の問い。猥褻から恋愛幻想まで、解きほぐすことの難しい、性愛という複合的な現象に挑む社会科学の冒険。


内容(「Amazon.co.jp」より)

   性にまつわる問題ほど、論理づけのむずかしい領域も少ない。その難行へ果敢に挑んだのが本書である。性別、性関係、性をめぐる文献の考察など、さまざまな角度から性愛について論じているが、なかでも出色なのは、「猥褻」(わいせつ)と「性愛倫理」を扱った章だろう。

 「猥褻」という観念は人間特有のもので、動物と人の性行動を区別する要因ともなっている。だが、著者はこれをいかなる実体もない概念とする。公権力は取り締まる対象としての「猥褻」がたしかに存在するという立場をとるが、本書では、権力によってかたちづくられた表層を「猥褻」、その芯部、すなわち権力とは無縁で普遍的な概念を「ワイセツ」と区別して論をすすめる。たとえば、性器それ自体がワイセツなのではない。ワイセツかどうかは、あくまで社会的な文脈に左右されることなのだ。ワイセツであるとされる部位が社会によって変わる場合も多いという。また、誰かに見られることではじめて「ワイセツ」が生じるという指摘は衝撃的だ。ただなんとなく「猥褻」なる語にならされてしまった向きは、頭に槌を振り下ろされた気分になるはずである。

   一方、倫理についての章では、古代から近代まで、性愛をあつかうキリスト教思想の変遷を追っている。われわれがキリスト教の性愛観として思い浮かべるもの、たとえば性愛と原罪を結びつけるような思考は原初から存在したわけではない。数百年にわたる無数の論争や妥協をくぐりぬけ、ようやくたどり着いたものなのだ。著者はキリスト教の性愛観をその成り立ちから丹念にたどっていく。戦後のいわゆる「性の解放」もこの文脈のなかで論じているため、その重要性がより切実に伝わってくる。この章だけでも、ゆうに一冊の書物として成り立つほどの密度を備えた考察となっている。

   性をめぐる状況は、これからも加速度的に混迷の度合いをふかめていくだろう。だが、避けて通れない問題であることも確かである。今後、性愛というものに向き合ううえで、本書は必読テキストの一つとして、長く読みつがれていくにちがいない。(大滝浩太郎)


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■ 目次

序章 ひとはなぜ愛するか
第1章 猥褻論
第2章 性別論
第3章 性関係論
第4章 性愛倫理
第5章 性愛倫理の模像
終章 性愛世界の彼岸

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性愛論紹介ページの最終更新日時 - 2008年10月13日 13:54:28
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