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出版社/著者からの内容紹介
愛は純粋なもの…であるべきなのだろうか? メール恋愛にはまった青年や外国人労働者と恋におちたOL,ピュアな恋のイメージにとらわれるフーゾク嬢など,過剰なまでに潔癖な“純粋さ”を求めて現実のなかで傷つき心を病んでいった若者たち.彼らを通して脆く崩れやすい現代人の心の姿を描き出す.
内容(「Amazon.co.jp」より)
本書は精神科医である著者のもとを訪れた患者たちの話である。著者が多くの書で身近なテーマを取り上げてきたのと同様、恋愛という誰もが一度は悩んだであろうテーマを扱っている。
登場する患者にはひとつの共通点がある。それは皆「純愛」のために心を患っているということだ。しかし彼らの恋愛とて特殊なものではなく、どこにでも転がっていそうな恋愛だ。風俗店で働きながらその客を愛した女性、離婚を要求する妻をいまだ愛し続ける男性、インターネットで知り合った人妻が忘れられない男性など。あえて特殊性を挙げるとすれば、彼らが一様に自分の恋愛を「純愛」と呼ぶ点だ。著者は彼らの言う「純愛」を奇妙に思い、それを「単に精神を病んだ人のみならず、今の若い人たちに広く信じられている」と感じている。「純愛時代」という題に込められているのも、この考えなのである。「純愛」という、著者にとっては奇妙な形の恋愛が、今の時代の主流になっているというのだ。
しかし本書を読んでもわからないことがある。新しい形の恋愛、著者には奇妙に思えた「純愛」。その実態とは何なのか、それが伝わってこない。彼らの「純愛」の症例を通して著者は何を訴えたいのか。「純愛」を精神病理学的に分析し警告することこそ、精神科医としての著者の役割ではないのだろうか。
本書を単なる「お話」として読むには大変おもしろい。しかし精神科医が記す精神医学の書としては物足りない。「新しい時代の、おかしな恋愛スタイル」を並べただけで終えてしまったところが、非常に残念である。(鮎村有紀)
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