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白木屋事件を、当時の新聞やインタビューなどの仔細な調査を通じて洗いなおすその冒頭部分から、本書の内容にグイグイ引きこまれていきます。墜落して命を落とした女性たちの避難行動を検討することによって、「羞恥心」が行動を制限した結果でないことが明らかにされるところは、サスペンス的ですらあります。
この白木屋事件を導入に、ズロースの普及、スカートファッションの発展とミニスカートの登場、また、男性の性的な視線と女性の意識のズレについて、当時の新聞や写真などの資料を駆使しつつ考察して行きます。そうして、“スカートの下の劇場”という概念に到達して行く20世紀日本の“パンツの歴史”が描かれています。
小説も文化史を描く上での資料となり得るというスタンスをもつ著者によって、高橋鉄や野坂昭如の作品が取り上げられ、当時の男性の“性のときめき”がよみがえります。
恥ずかしいからパンツをはいたのではなく、パンツをはいたから恥ずかしさが芽生えたのであれば、では、なぜパンツは恥ずかしさを生み出したのでしょうか。そのことの答えは、男性と女性の感性のズレの歴史を追うことで見えてくるものだと、本書を通じて分かってきます。((C) netman 「性の本棚」)
パンツが見える。それを喜ぶのは男性で、見られて恥じらうのは女性。でも、つい50年ほど昔まで、たかがパンツごときでときめく男はいなかった。なぜなら、和服の女性はパンツを穿いていなかったから、ふとしたはずみでチラリと見えてしまうのは、パンツなんかじゃなかった…。
「陰部を見られても、場合によっては仕方ない」、それが戦前の女性の感覚だったはず。だから、多くの女店員が裾の乱れを恥じて墜落したという「白木屋ズロース伝説」は眉唾だ、と説き起こす。「パンツ」をめぐる感性の興亡を考証する、著者10年の思索の結実。 (「BOOK」データベースより)
内容(「MARC」データベースより)
パンツが見えることを喜ぶのは男性で、見られて恥じらうのは女性だが、50年前の女性はパンツをはいていなかった。いつからこの感覚が育まれたのか。軽くて重いこの大テーマを、気鋭の学者が分かりやすく解明する。
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1 白木屋ズロース伝説は、こうしてつくられた
2 パンツをはかなかったころの女たち
3 ズロースがきらわれたのは、どうしてか
4 「みだら」な女も、はいていた
5 パンチラをよろこぶ感情が、めばえるまで
6 ズロースからパンティへ
7 くろうと筋からの風俗史
8 一九五〇年代パンチラ革命説